パーンとかサテュロスとかって何なんですか
「パーンとかサテュロスとかって何なんですか?」と聞かれたら「それはですね!」と元気良く口を開くことができる自信はあるのだが、その後につづくセリフは全く浮かんでこず、想像のなかでそうして元気に口を開いた私は今日も無言でだらだらとよだれを垂らしている。
自分のなかでやつらについて整理をつけることが必要だ。とりあえず、今までに読んだ本のなかでパーンとかサテュロスとか呼ばれるものがどう扱われているのか、彼らの違いは何かをまとめておきたい。
対象とする言葉は「パーン(アイギパーン)」「サテュロス」、あと同一視されるローマの神「ファウヌス(フォーン)」と、似たような神なので一応「シルヴァヌス」「シレノス」も。
というわけで以下つらつらと。いろんなページにちょこちょこ登場するものも独断でひとつにまとめてます。長音(ー)がまちまちですがてきとうに読んでください。
(パーンについて)
・ヘルメスとドリュオプスの子。山羊の脚と角をもちよく笑う。歌と踊りを愛する。その誕生が全て(パーン)の神を喜ばせたため「パーン」の名をいただく。最も喜んだのはディオニュソスであった。なお親にはクロノス説、ゼウスとカリスト説、ヘルメスとペネロペ説がある。(『パーン讃歌』およびその注釈)
・家畜と牧人、森や野の神、アルカディアに暮らす。夜道で感じられる突発的な恐怖はパーンによるもの=パニック。ニンフたちと歌や踊りを楽しむ音楽好きの神。アポローンと楽器対決をした、ニンフのポーモーナやシュリンクスを愛した。 (ブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』)
・ゼウスとヒュブリスの子、アポローンに予言術を授けた。またはヘルメスとペネロペの子。またはヘルメスとともにゼウスの腱を奪い返した者(アポロドーロス『ギリシア神話』)
・マラトンの戦いにおいてアテナイに味方し、以降アテナイでパーンが祀られた(ヘロドトス『歴史』)
・前5世紀よりアッティカで信仰が盛んになった。担い手は都市の富裕な市民。このアッティカでは常にニンフと合祀される。(メナンドロス『人間嫌い』の注釈)
・その「死」が宣言された、またその宣言によりキリスト教の時代が始まった。(プルタルコス『神託の衰微について』およびその注釈)
(物語などの中のパーンの印象)
・田園地帯の恋人たちをやさしげに見守る神。(メナンドロス『人間嫌い』、ロンゴス『ダフニスとクロエー』、タッソ『愛神の戯れ』)
・物質主義、文明に対する批判者。しばしば恐怖を伴う。(ダンセイニ『牧神の祝福』、フォースター『パンの神のお通り』、マッケン『パンの大神』)
・「古き良き時代」にたいする郷愁。(ダンセイニ『五十一話集』、フォースター『副牧師の友だち』)
・神々にも森にも馴染めぬ、故郷を持たない存在。(北杜夫『牧神の午後』)
(サテュロスについて)
・森や野の神々。身体いちめん剛毛。角が生えていて脚は山羊に似る。ニンフのポーモーナやシュリン(2回目につき略)(ブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』)
・パーンの子孫。(エヴスリン『ギリシア神話物語事典』)
・アルカディア人に害をなす存在。アルゴス(人名)によって殺された。またアルゴス(地名)でアミュモネーを犯そうとしていたところポセイドンによって退けられた。またディオニュソスの従者。(アポロドーロス『ギリシャ神話』)
・ローマではファウヌス、パーン、シルヴァヌスと呼ばれる。下半身が山羊で全身毛深い。酒好きでバッカスの従者。ニンフたちと踊る。不快な叫び声を上げる。(ボルヘス『幻獣辞典』)
・快楽を好み、野獣的な行動をする山野の神。バッコスの従者。半獣神と同義語。(ユゴー『サテュロス』の注釈)
・山野の精。ディオニュソスの従者。野生的で卑猥。酒飲み。馬のような尾と巨大な男根をそなえる。ローマ人によってファウヌスと同一視され、山羊の角と蹄を有する姿で描かれた。(ハイネ『流刑の神々』の注釈)
(物語などの中のサテュロスの印象)
・森に暮らす野卑な存在。性欲が強い。(タッソ『愛神の戯れ』)
・吟遊詩人であり宇宙神。(ユゴー『サテュロス』、しかし語り手の「サテュロス」は最後に自らを「パン」と名乗る。)
・ディオニュソスの従者。(ハイネ『流刑の神々』)
(ファウヌスについて)
・ローマ神話のサートゥルヌスの孫、牧草地と牧人の神。予言もする。パーンと同一の神。複数形(ファウニ)だとサテュロスのような一団の神々を指す。
ディオニュソスに従う。ポリュペモスに殺される少年アーキスの父。アイネイアースの放浪の終点の地の王ラティーヌスの父。
ニンフのポ(3回目につき略)(ブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』)
・ローマの古い森の神。ギリシャのパーンと同一視され、複数としてはサテュロスと同一視された。上半身が人間で下半身が山羊。(ハイネ『流刑の神々』の注釈)
(物語などの中のファウヌスの印象)
・好色な詩人。(マラルメ『半獣神の午後』)
・おだやかで識者。(ルイス『ナルニア国ものがたり』)
(シルヴァヌスについて)
・パーン、ファウヌスと同一の神。年のわりに若く見える(何それ)
ニンフのポ(4回目)(ブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』)
(シレノスについて)
・ディオニュソスの師であり養父。老人。酒飲み。(ブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』)
・角は無く、半身が馬。(エヴスリン『ギリシア神話物語事典』)
こんな……ところでしょうか……
出てきた本は以下
・『ホメーロスの諸神讃歌』(沓掛良彦訳、平凡社、1990)
・『ギリシア・ローマ神話』(トマス・ブルフィンチ、大久保博訳、角川書店、1982)
・『ギリシア神話』(アポロドーロス、高津春繁訳、岩波書店、1998)
・『歴史 中』(ヘロドトス、松平千秋訳、岩波書店、1972)
・『ギリシア喜劇全集<5>』(メナンドロス、岩波書店、2009)(※人間嫌い)
・『モラリア<5>』(プルタルコス、丸橋裕訳、京都大学学術出版会、2009)
・『ダフニスとクロエー』(ロンゴス、松平千秋訳、岩波書店、1987)
・『愛神の戯れ』(トルクァート・タッソ、鷲平京子訳、岩波書店、1987)
・『牧神の祝福』(ロード・ダンセイニ、杉山洋子訳、月刊ペン社、1981)
・『短篇集〈1〉天国行きの乗合馬車 (E.M.フォースター著作集 5)』(エドワード・モーガン・フォースター、小池滋訳、みすず書房、1996)(※パンの神のお通りおよび副牧師の友だち)
・『最後の夢の物語』(ロード・ダンセイニ、河出書房新社、2006)(※五十一話集)
・『怪奇小説傑作集 1 英米編 1』(平井呈一訳、創元社、2006)(※パンの大神)
・『少年・牧神の午後(北杜夫全集〈1〉) 』(北杜夫、新潮社、1977)
・『ギリシア神話物語事典』(バーナード・エヴスリン、小林稔訳、原書房、2005)
・『幻獣辞典』(ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ、柳瀬尚紀訳、晶文社、1983)
・『ヴィクトル・ユゴー文学館 第1巻 詩集』(ヴィクトル・ユゴー、潮出版社、2000)(※サテュロス)
・『流刑の神々・精霊物語』(ハインリヒ・ハイネ、小沢俊夫訳、岩波書店、1982)
・『マラルメ詩集』(ステファヌ・マラルメ、鈴木信太郎訳、岩波書店、1967)
・『ライオンと魔女 ナルニア国ものがたり』(クライヴ・ステープルズ・ルイス、瀬田貞二訳、岩波書店、2000)(ライオンと魔女以外もフォーン出てきますけど)